考えがまとまらないが書きなぐる。ただ(無料)で自分の能力を提供することについて。
この連休は、自分なりに様々なトライをしています。今は主にTwitterやUSTREAMなど、ネットの新しい技術やムーブメントについて、何ができるか、どう関わっていけるかを考えています。
先日のエントリー、witter企業アカウントの可能性:前編・後編では、頼まれてないのに勝手に企業コラボCMをして、利益を生むことをテーマとしない活動で、結果生まれる利益、またはそれ以上の効果について自分なりに考察しました。(そんな大相なことじゃない&成功してないけど)
で、つい先日。USTREAMでの座談会中継を見ていて、冗談というかその場のノリで「ロゴマーク募集!」となり、座談会は大盛り上がりで、数人の方からロゴマークが投稿されました。
私はグラフィックデザイナーを生業にしていますので、おぉ、参加できるネタじゃないか!と中継を見ながらロゴを作ってみました。
ソーシャルビューイング(ユーザ同士が同じコンテンツを視聴しながら、リアルタイムに情報を共有する。株式会社クルウィットさんの参考資料PDF)はとても楽しく、USTREAMの醍醐味と感じます。疑問が解決したり、参加者間で新たな事象が発生するのはワクワクします。もちろんUSTREAM以前から、例えば2ちゃんねるのような掲示板でもプロやプロ顔負けのアマチュアが会話の流れから作品を作り、様々な活動に結びついた事例は沢山ありました。
結果、私がロゴを投稿すると中継内で大変喜んでいただきました。離れた場所ながら番組に参加でき、そして自分のできることで“楽しさ・盛り上がり”に貢献できたことは、とても嬉しいことでした。
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でもふと考える。トヨタや日産の中の人は「車が欲しい!」と言われてポンとあげるだろうか。「家を建てたいけどお金がなくて…」と言われたら手をあげる建築家がいるだろうか。高名な人のお願いだったらPRになると思えばあるのだろうか。USTREAMでお腹が痛がってる人がいたら、往診に来てくれるお医者さんはいるだろうか。
お腹が空いている人に、その場で料理を届けることはできない。でも「ネットでやり取りできる物」なら届けられる。声が聞きたければ電話やボイスチャットで参加できるし、歌を聞かせることもできる。テキストやプログラム、音声、映像、画像などのデジタル化できる物ならデータで送れる。そして、アイデアや意見、思いも。
私が作ったロゴはその中継上では喜ばれ、皆さんが評価もしてくれたが、その後正式に採用されるかどうかは知らない。当然、費用の話なんかしていない。短時間であっという間に仕上げたので、時間フィーに換算したら幾らの費用にもならない。(そもそも、アイデア代は時間換算できることではない)
自分からしゃしゃり出たくせに、後から金をくれとは野暮ということになる。もちろんくれと言いたいのではない。お前もあの時間を共有し、みんなと一緒に「楽しんだ」じゃないか。私は、私のできる「能力を提供」し、それと交換に「楽しさ」を得ることができた。それで充分だ。
しかし「ネットで共有できることはただになる」のかは、もう少し自分の中でモニョモニョ考えたい。車や家はただで貰えないだろう。病気もネット上では治療できない。だがデジタルデータに出来るものは提供してしまった。ロゴが必要なことを「ただ情報」で得たら、すぐメールでも電話でもして、ロゴマークのデザインをしたいと営業をかけることもできるだろう。だが「ただで得た情報」なら、ただで返すのがバーター、それがセオリーか?
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その後、気になる言葉に出会った。メモしなかったことを後悔している、Twitterのタイムライン上に流れてきたどなたかのツイート。うろ覚えだが「みんなが喜ぶことをしていれば、それが仕事になる」的な発言だった。
Whuffie(ウッフィー)=お金以上に価値のある信頼や評価を「人から人の優しさ」で生み出していく…という考え方は、長くネットに関わってきた人なら自然に受け取れる概念だと思う。私も沢山の恩恵を受け、できることは積極的に関わり提供してきた。
だが、お金(仕事)に結びついたり、発展したことはない。関わり方がヘタなのか、そもそも対価を得るほどの価値がないことばかりしてきたのか。もうしばらく、一人モンモンと考えていきたいと思う。
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やっぱり読み返しても「ただじゃ何もしたくないよ」と言ってるセコイ人発言に聞こえるので、後で書きなおそ♪
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